自然療法研究所付属 八王子漢方クリニック

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顎から治そう!~気診体験談⑧花粉症~

気診講座で元気になった方の手記です!


花粉症歴、約30数年間の憂鬱さを「気診健康学習」で、晴らす!



■花粉症の主な経過

私は、1947年生で現在66歳(男)。20代はゴルフや野球などの屋外スポーツを楽しみ、  

花粉症多発時期の春先でも、症状も無く健康的に行動していた。


1978年頃(32歳)に初めての転職を経験、仕事環境も変り新しい業務への挑戦の日々、過労と精神的ストレスが祟り、十二指腸潰瘍となってしまった。幸い緊急手術には至らず、点滴や複数の薬漬けと食生活の改善へシフトした。

その翌年、1979年の1月下旬頃から、風邪症状が続き、内科に通いながら、耳鼻科も並行、通院、そこで、告げられた病名が、「アレルギー性鼻炎」で、花粉症との付き合いが始る。



翌1980年の春先に「スギの花粉症ニュース」があちらこちらで、流れた時代でもあった。


その症状は、「くしゃみ+鼻水+鼻づまり+涙目+かゆみの5点」いずれも症状が激しく、夜中は、それらの症状で不眠不快となり、睡眠不足が続く日々でストレスが増幅した。

睡眠不足のためか、昼間の仕事への集中力が欠けるなど悪影響が出ていた事を振り返る。

人と対面するときや、会議などの時に「症状5点」が出ると、もう最悪であった。

その程度は、軽度・重度の開きこそあったが、憂鬱を超え苦痛の日々であった。

私の発症開始時期は、毎年2月の節分を過ぎ「春一番」予報が出るときであった。


「花粉症が到来」と体が敏感に反応して、その憂鬱度が最高潮に達する。

1970年代に、3人娘のキャンデーズが歌う「春一番」の「もうすぐ春ですね♪♪」が流行していた。



私は、流れているその歌を聴くと、反応して「激しい戦慄を覚えた」・・・つらい症状5点対策のため、憂鬱な翌春を迎える準備で、前年の12月頃から、耳鼻科通いである。



当時は、予防措置のため、花粉症に良いと思われる対策を可能な限り講じた。

当時の週刊誌でアレルギー性鼻炎に良いと「漢方薬のKメーカーの小青竜湯」情報がでた。また「アロエエキス」などにも挑戦した、効果はそれぞれ散発であったが、少しは効いていたように記憶する。

花粉アレルギーを一時的に沈静化させる速攻薬を含め「目薬+点鼻薬スプレー+調合された飲み薬+テッシュペーパー」を欠かさず携帯する日々であつた。

私の場合、発症ピーク期間は、「春一番が吹く時節から桜の花が散る4月中旬」で、遅くも5月の連休明けまでであったが、その80日間程の体調は最悪であった。

大好きなゴルフも封印していたが、形振り構わずマスクを装着してプレーをしたのを思い出す。スギの木が密集しるゴルフ場では、風で「黄色い花粉」が帯状のように飛び交い、それを見て「最悪の症状」になり、途中で棄権したこともある。


■花粉症からの開放への道は、2007年秋の気診入門講座から始った!

30数年も苦しめられた花粉症の改善が進んだのは、「気診」との出会いからです。


                      次回につづく

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顎から治そう!~気診体験談⑧花粉症~

気診講座で元気になった方の手記です!


花粉症歴、約30数年間の憂鬱さを「気診健康学習」で、晴らす!



■花粉症の主な経過

私は、1947年生で現在66歳(男)。20代はゴルフや野球などの屋外スポーツを楽しみ、  

花粉症多発時期の春先でも、症状も無く健康的に行動していた。


1978年頃(32歳)に初めての転職を経験、仕事環境も変り新しい業務への挑戦の日々、過労と精神的ストレスが祟り、十二指腸潰瘍となってしまった。幸い緊急手術には至らず、点滴や複数の薬漬けと食生活の改善へシフトした。

その翌年、1979年の1月下旬頃から、風邪症状が続き、内科に通いながら、耳鼻科も並行、通院、そこで、告げられた病名が、「アレルギー性鼻炎」で、花粉症との付き合いが始る。



翌1980年の春先に「スギの花粉症ニュース」があちらこちらで、流れた時代でもあった。


その症状は、「くしゃみ+鼻水+鼻づまり+涙目+かゆみの5点」いずれも症状が激しく、夜中は、それらの症状で不眠不快となり、睡眠不足が続く日々でストレスが増幅した。

睡眠不足のためか、昼間の仕事への集中力が欠けるなど悪影響が出ていた事を振り返る。

人と対面するときや、会議などの時に「症状5点」が出ると、もう最悪であった。

その程度は、軽度・重度の開きこそあったが、憂鬱を超え苦痛の日々であった。

私の発症開始時期は、毎年2月の節分を過ぎ「春一番」予報が出るときであった。


「花粉症が到来」と体が敏感に反応して、その憂鬱度が最高潮に達する。

1970年代に、3人娘のキャンデーズが歌う「春一番」の「もうすぐ春ですね♪♪」が流行していた。



私は、流れているその歌を聴くと、反応して「激しい戦慄を覚えた」・・・つらい症状5点対策のため、憂鬱な翌春を迎える準備で、前年の12月頃から、耳鼻科通いである。



当時は、予防措置のため、花粉症に良いと思われる対策を可能な限り講じた。

当時の週刊誌でアレルギー性鼻炎に良いと「漢方薬のKメーカーの小青竜湯」情報がでた。また「アロエエキス」などにも挑戦した、効果はそれぞれ散発であったが、少しは効いていたように記憶する。

花粉アレルギーを一時的に沈静化させる速攻薬を含め「目薬+点鼻薬スプレー+調合された飲み薬+テッシュペーパー」を欠かさず携帯する日々であつた。

私の場合、発症ピーク期間は、「春一番が吹く時節から桜の花が散る4月中旬」で、遅くも5月の連休明けまでであったが、その80日間程の体調は最悪であった。

大好きなゴルフも封印していたが、形振り構わずマスクを装着してプレーをしたのを思い出す。スギの木が密集しるゴルフ場では、風で「黄色い花粉」が帯状のように飛び交い、それを見て「最悪の症状」になり、途中で棄権したこともある。


■花粉症からの開放への道は、2007年秋の気診入門講座から始った!

30数年も苦しめられた花粉症の改善が進んだのは、「気診」との出会いからです。


                      次回につづく

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